2004年5月のプチ日記

5月31日(月曜) 夜

 会社帰りの道すがら。

 裏通りなのをいいことにオナラをブーとこいた後、ふと「背後に誰か歩いてないよな?」と気になって振り返ってみたら、10メートルほど後ろにいたOL風女性とモロに目があってしまった。ああ、そんな目でオレを見るな! シッシッ!!

 こくまえに振り返れ。こいたら死んでも振り返るな。…本日の教訓であります。

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 ところで最近、薬局でハイチオールCを買う機会が多くなってきた。

 二日酔い対策なのだが、この薬は美白効果がうたい文句になっている。いい年こいたムサい男が美白なんて気にしてると思われたら恥ずかしい。かといってアル中だと思われるのも癪にさわる。ここはひとつ、「姉に頼まれて買いに来た」あたりにしたいところだ。

 ただ、「姉に頼まれたもので…」なんてわざわざ店員に言うのもわざとらしい。本当に頼まれた人はこんなこと言わない。

 というわけで、さっきから鏡の前で「姉に頼まれてハイチオールCを買いに来た表情」をいろいろと研究しておったわけですが。

 一人で鏡の前、照れたような薄ら笑いをヘラヘラ浮かべてる自分に殺意を覚えて本日は終了です。刺したろか。

 

5月30日(日曜) 夜

 「未承諾広告※ メールアドレス変更しました♪」という件名のスパムメールが届いてしばし脱力。

 そういや少し前、「末承認広告※」という件名のスパムが届いたこともあった。未承認ではなく末承認。

 フィルター対策のつもりだろうけれど、だったらはじめから何も書かなきゃいいのに。

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 そして本日のスナック。

 眞美だからマミーですか。一瞬冗談かと思うが、雰囲気からしてどうもそうではない。本気なのだ。マジー。

 この店ではきっと、ママも「マミー」と呼ばせているんだろう。

 客として入って確かめてみたい誘惑にかられたけれど、やっぱり勇気がなくて入れなかった。このへんがぼくの、いろんなことの限界な気がします。

 そして、限界ってやっぱり大切なんだなあとも思う昨今。

 

5月29日(土曜) 夜

 昨夜、酔っ払って何か書いた気がすると思ったら、案の定、莫迦みたいな日記を書いていた。

 酔ったときは日記を更新しないよう気をつけているのだが、ほんとに酔うと、そのことを自体を忘れてしまうのでどうしようもない。物忘れしないようにメモ書きを心がけている人が、メモを書いたこと自体を忘れてしまうようなものだ。

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 そういやメモ書きといえば、近所の民家のガレージにこんな張り紙がある。

 「スイッチ」を「スイッ」と書いてしまうあたり、相当なせっかち者であることがうかがわれる。

 おまけによく見れば、「スイッ」の下に小さく「チ」と書き足されている。気づいたんなら、こんな張り紙くらい作り直したらいいのにと思うが、そうしないところにこの人の横着なお人柄がにじみ出ている。

 これだけせっかちで横着な人なら、電気のスイッチのひとつもそりゃあ切り忘れるだろう。思わず納得の一件であります。

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 さて、プチ狂気コーナー更新いたしました。

 今回は読売新聞の書評を読んでこのコーナーの存在を知ってくださった方々の投稿が多いです。なので、今までと少し違う、新しい風が吹いてきたような印象です。 いやまァ、風といっても、そんな爽やかなもんじゃあないんですが。

 なお、新聞の書評文がネットにも公開されているようです。詳しくは、こちらのコーナーのリンクから。 よければ読んでやってください。

 

5月28日(金曜) 深夜

 週末なので一人、自宅で飲んでいたら、すっかり酔っ払って世界が回っております。

 世界の中心で酔いを回す! 回したるで。

 なんてな、どうしようもないコトを書いてしまいながら、ウヒヒウヒヒと一人で苦笑い。って、苦くないんだよ。芳ばしいんだよオレは、なんってって、こんな自分から目を背けるためにまた日本酒ゴクゴクゴク。1リットル500円で買ったやつ。ああ、もうダメでやんすよ今夜は。小生は。

 明日は朝から、妊婦の友人と会う約束をしておったのに。これじゃあ二日酔いですよ。妊婦相手に二日酔いですよ。ざまみろ妊婦め、すこぶる胎教に悪い言葉を吐いてやりますよ。こうなったらもう。生れ落ちた瞬間から「小生の愚息は!」と叫ぶような、そんな胎児に仕立ててやるでやんすよ。まったく。

 こんなアンニュイなときは、いま流行りの社会風刺です! 社会風刺! プイーン。

 もう、酔っ払いながらニュースとか見てるとですね。テレビの前でいちいち、一人で文句ばかり言っておるわけですよ。パジャマ姿で、己の脇のにおいなど嗅ぎながら。クーンクーン。おう、もはや、お茶のほうが酒より美味いではないか、クーンクーン。

 で。

 イラクに行って死んだらニュースになって有名人でやんすよ。自己責任ヒーローですよ。脇のにおいプーン。

 だったらわが国の末期がん患者なんかも、どんどんイラクに行けばどうでやんしょうか。富士山なんかにのんびり登ってる場合じゃあない。イラクっすよイラク。イラクに行けば名を残せる。どうせ余命いくばくかの命、どうせ苦しんで死ぬだけの命、いのち。撃たれて死んだほうが、スパゲティーチューブよりもなんぼ楽かしれますまい。

 そしてニュースの報道、「イラクで爆弾テロに遭った邦人34名、全員が末期がん患者であったことが判明!」

 いい知らせではないですか。テロリストはがんに勝ったのだ! 万歳、じゃないや残念! おう憎っくきテロリスト! わが国の大切ながん患者になにをするか! そのまま生きてたら、膨らみつづける医療煮を払わなくちゃならないところだったよ! いやもとい、猛烈に払いたかったのに、なにをしやがる!! 勝手なことするな莫迦!! これだからテロの連中は…モゴモゴ!!

 そしてがん患者、全員、新聞に名前が載って。ああ、生きててよかった。死んでよかった。ワシらはイラクが好きじゃあ!! 自己責任じゃあ!!

 …あのうもう、酔いが小脳まで侵食してきよりまして。このままじゃあヤバいですか。吐き気がワシの小腹をくすぐりよってからに。

 ええと、小生はイラク反対ですぞっ!! どやっ!!

 

5月27日(木曜) 夜

 昨日の日記について、数人のかたから指摘をいただいた。

 「坊さんが叩いていたのは、『木馬』じゃなくて『木魚』ではないでしょうか」

 うっ。

 い、いや、最近はいろんな宗教がありますゆえ、お経を読むときに木馬をたたく宗派があっても不思議ではありますまい。小生としては、この件については全く分からないというのが正直な心中であります。現代社会における宗教の多様化と、それに伴う仏具の変遷を網羅するには、我々の有している情報網はあまりにも……

 …すみません。木魚です。

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 会社帰り、仏光寺に立ち寄ってぶらぶらしていたら、境内の裏にこんな掲示を見つけた。

 仏光寺では毎朝、寺の玄関に「ありがたい教訓」が掲示される。で、しばらく掲示された教訓は、こうして境内裏に撤去されるわけである。

 それにしても「欲しいままに暮らし 本山仏光寺〜」とは。こんな訓示なら大歓迎である。

 いやまァ、本当は「欲しいままに暮らし」のあとに訓戒の言葉が続いていたのだろう。現によく見れば、黒い板が二枚重ねられている。おそらく二枚面に「下の句」が書かれているものと推察される。

 でも、境内裏にこんな掲示がたたずんでいることに思わず頬がゆるんでしまった。表(玄関)では偉そうなこと言ってても、陰(境内裏)では好き放題してるんじゃないかト。はからずも寺の実情を現すアナロジーになっている。

 「坊主まるもうけ」というのは、ぼくが好きな言葉のひとつです。

 

5月26日(水曜) 夜

 同僚のFさんが愉快な体験談を話してくれた。

 5年ほど前、Fさんは祖母の葬式に出席したらしい。

 葬式は祖母宅の居間で行われたのだが、遺体を前に坊さんが読経していたら突然、「うわーっ!」という絶叫が背後から聞こえてきたんだと。さらに続いて「だれかーっ!」との悲痛な叫び声。

 いったい何ごとだ!? 

 出席者の何人か(含むFさん)が駆けつけてみたところ、台所の洗面台からものすごい勢いで水が噴き出していた。その傍らで、従姉妹のお姉さんが顔を真っ青にしてオロオロしていた。「じゃ、蛇口がもげちゃって…」。祖母宅の水道は長年使っていなかったせいで、すっかり老朽化していたのだ。

 そうこう言ってる間にも水の勢いはおとろえず、部屋中に大雨を降らし続けてる。もげた蛇口を再びはめようとするも、水圧にはばまれてどうにもならない。「みんな来てくれー!」「誰かタオルを持ってくるんだっ!」「早く早く!!」。

 場は一瞬にして騒然となり、出席者全員が台所に集まってきた。

 「…こりゃすごい」
 「もっときつくタオルを巻くのや!」
 「よかったらワシのハンカチも使っておくれー」
 「タオルの上からビニールをかぶせなさい!」
 「誰かクラシアンとかに電話して!」

 気がつけば、それまでポクポク木馬をたたいていた坊さんまでもが席を立って、噴水を遠巻きに見物していたんだとか(そりゃそうだ。参加者全員が台所に集まってるなか一人でお経をあげ続けるのもつらかろう)。

 故人の霊魂よりも注目される水道の蛇口。仏さまなどそっちのけで水道の蛇口。成仏しかけていた祖母の心中はいかがなものだったろうか。

 ちなみに蛇口のほうは、みんなの尽力あってなんとか鎮水。その後は引き続き、つつがなく読経が行われましたとさ。

 霊魂よりも大切なものは世の中にたくさんある。…これから死にゆく方々は、このことをもう一度肝に銘じたほうがいいかもしれない。

 

5月25日(火曜) 夜

 うちの会社はよほどでないと残業代がつかない。

 なので残業なんて意地でもするものかと思っているのだが、一時間ほど会社に居残ると少しだけ「いいこと」がある。帰宅時に立ち寄るスーパーの食材が半額になっている可能性がグッと高くなるのだ。

 で、残業するかしまいか迷っているうちに小一時間が経過して、半額セールに無事ありつけたりしているわけですが。

 本日意を決して残業したうえでスーパーに立ち寄ってみたら、なんと臨時閉店だった。ああ、オレの残業代を返せ!

 いやまァ、半額セールつっても買ってる商品は500円位なんですが。ぼくの時給は250円か。

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 ところで帰宅途中、四条河原町を歩いていたらガイジンに声をかけられた。

 英語だったので正確には聞き取れなかったが、どうやら「シンサイバシに行きたい。どうしたらいいか?」と言ってるようだった。

 ちょっと待て。心斎橋って大阪じゃないのか? なんで京都を歩いててこんなこと訊かれなきゃならないんだ!?

 いやまぁ、行きかたは知ってるといえば知っているけれど…。乗り換えとか日本語で説明するのさえ面倒なのに、英語でしゃべれとは無茶な注文である。

 といって無視するのも気がひけるので、阪急電車の改札に降りる階段を指差して「そこを降りるといいよ」と、カタコト英語で答えておいた。

 満面の笑みで返ってきた「サンキューベリーマッチ!」が、ちょっとだけ胸に突き刺さりました。

 

5月24日(月曜) 夜

 腕時計を買い替えた。金属ベルトのやつ。

 これまで皮革バンドの腕時計を使っていたのだが、この時期になると革が「臭って」くるんである。

 それだけならまだいい。

 実を言うとぼくは革バンドの臭いが妙に好きなのだ。すると勤務中も腕時計を嗅いでばかりで、まったく仕事にならない。取り引き先との商談中に腕時計を嗅いでいるようでは、まとまる話もまとまらない。これではダメだと思って嗅ぐのを我慢するも、気になるものはどうしようもない。

 そこで時間を見るフリをしてさりげなく嗅いだりしていたのだが、文字盤から数センチまで顔を近づけて腕時計を見るというのは、自分でもびっくりするくらい「さりげなくない」のだ。こんなことばかりしていたら、いつか職場をクビになってしまうかもしれない。

 …という危機感にかられて、金属バンドの腕時計を購入した次第なのでありますが。

 今度は「本当に臭いがしないかどうか」確かめたくて矢も盾もたまらなくなり、気がつけばこっそり嗅いでしまっている。これでは今までと同じことである。いったい何のために腕時計を新調したのか。

 おまけに金属バンドも、ほんのりと汗の臭いがするからたちが悪い。より強いスメルを求めて、一層激しくクンクン嗅いでしまうんである。

 懐中時計を使うという手もあるが、両手がふさがっていると時間を見られないのでは仕事に支障をきたす。

 こうなったら刺青のように、皮膚に埋め込む式の腕時計を特注するか。不気味がられるかもしれないが、背に腹は変えられない。

 

5月23日(日曜) 深夜

 夕刻ちょっと忙しかったので、スーパーの惣菜で夕食を済ますことにした。

 ここのスーパー、日中は惣菜バイキング方式になっているのだが(大盛りになっている料理たちから好きなものを好きなだけ自由にとれる。会計はグラム従量制)、夕方にはそれぞれの料理が小箱にパックされて並べられる。要するに日中の残り物がパック売りされるわけである。

 で、残り物でもまあいいやと思って「ホイコーロ」のパックを購入したんでありますが。

 いざ皿に移して食べようとして愕然とした。ほとんどがキャベツで、豚肉がちっとも入っていないのだ。なんですかこれは? こんなものに200円も出してしまったのかぼくはっ!?

 いや、理由は容易に想像がつく。日中のバイキングのときに、客が豚肉ばかり選んで買ったのだろう。しかしそれにしても。

 白ご飯と味噌汁を用意して、「今夜はホイコーロ定食だ!」と楽しみにしていたのに、これじゃあ「キャベツ定食」ではないか。富豪から貧民への都落ち。どうしてこんな不条理な目に遭わなくちゃいけないのか。ああ口惜しい。おかげで食欲も失せてしまって、ますます腹が立つ。

 だがここで思い直してみた。豚肉よりキャベツのほうが健康的ではないかト。

 目先の欲望に目がくらんで豚肉を多めに選んだ連中は、肉食偏重がたたってきっと早死にするのだ。心筋梗塞やらガンやらにのたうち苦しみながら、あのとき豚肉を多めにとってしまったことを後悔するのだ。「ああ神様、これは当然の報いなのでしょうか…」など、ありもしない慈悲を涙ながらに乞いながら死んでいくのだ。

 今回キャベツが多いホイコーロにめぐり遭ったぼくは、争いに負けて人生に勝ったのだ。おお、これはヴィクトリーの野菜炒めなのだ!!

 …惣菜ひとつにこんなこと考えてる時点で、少なくとも人生の勝者ではないような気がしてきました。ヤケ酒でも飲んで寝ます。

 

5月22日(土曜) 深夜

 本日のパチンコ屋。

 "De MASSE"。シルバーの文字でなにやら現代的であるが、書いてあることは「でまっせ!」。

 関西に住んでいることが恥ずかしくなってくる一瞬であります。

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 ええと、明日(5月23日)の読売新聞の書評欄にプチ狂気の本が紹介される予定です。

 『論理パラドクス』という知的な本を執筆されている三浦俊彦氏が紹介文を書いてくださるとのこと。まったく分不相応にありがたいお話であります。賢い人にこういう本を評されるというのは正直恥ずかしいんですが、どこかでマゾッっぽい気持ちよさも感じていたり。

 読売新聞をとってるかたは、よければ読んでくださると嬉しいです。どうでもいいこと書いてすみません。

 

5月21日(金曜) 深夜

 パイオツがいいだの、やっぱパンチラだよだのと騒いでおる我々でありますが。

 こういった「脂肪のかたまり」や「布きれ」自体がエロいのではない。これらをエロいと判断しているのは我々の脳なんである。エロいのは脳なのだ!

 なんてことを考えていたせいで最近、脳の解剖図など見るたびに、「あんな想像やこんな妄想がココから…」と思って股間を固くしております。

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 パソコンを買い替えたので MSNメッセンジャーを使えるようになった。

 で、嬉しいのでさっそく、数少ない友人・知人とチャットみたいなことをして遊んでおるわけです。

 こういうときに困るのが「トイレを催したとき」である。ケータイなら何知らふりしてトイレに行くこともできるが、デスクトップのパソコンだとそうもいかない。電源コードを思い切り長いのにして持ち運ぶという手もあるが、チャットのためにここまでするのは明らかに変だろう。

 というわけで本日は、チャットの途中に尿意を催すたび、正直に「ちょっと小用を足してきます」と申告していたんですが。

 いつもどおり用を足してパソコン前に戻って会話に参加したところ指摘されてしまった。「えらく早いですね」。

 うっ。

 トイレに行ってアッという間に戻ってくるというのでは、まるで我が家の狭さを暴露してるようなものではないか。狭いのは確かなのだが(徒歩3秒)、こういうときはもう少し見栄を張ってもいいのではないか。

 今後は15分くらい待ってからメッセンジャーに戻ることによう。それとも「途中でもらしちゃいました!」と見栄をはるか。

 

5月20日(木曜) 深夜

 いつものように内勤していたら突然、母親からの電話が勤務先にかかってきた。

 「名倉さん、お母様からお電話ですよ!」 騒然とする職場。聞き耳をたてる周囲の同僚。

 うわ、なんだなんだ!? 家族か親戚のだれかが急死したとか?? だったらまた忌引で特別休暇がとれちゃうなあ、などと不謹慎なことを考えながら受話器をとったわけでありますが。

 母親の話をきいて唖然としてしまった。

「お、落ち着いて聞きなさいね。さっきウチにアンタ宛の葉書が届いたのよ。そしたら請求督促状って書いてあって…。有料サイトの未納金について運営業者から債権委託を受けたから、5月20日の19時までに本人か家族が下記ので電話番号に連絡するようにって。連絡がない場合、法的手段に基づいて、勤務先に給与差し押さえの手続きを執行しにいくって。…一体どういうことなのっ!?」

 あのー母上。これってどう考えても、少し前に流行した「債権回収詐欺」ではないですか? ちょっと落ち着いてと言いたいのはこっちのほうである。

 で、脱力しながらも、このような通告には全く身に覚えがないこと、こういう詐欺が流行っていることなどを伝えて、最後はなんとか納得してもらったのだが、続いて母の口から飛び出してきたセリフにいよいよ言葉を失った。

「今日中に連絡しないと差し押さえするって書いてあるから、とりあえず連絡してみようと思ったのよ。でも連絡先を見たら090で始まる番号で、これってケータイでしょう? 長話になったら通話料金がかさむから、まずアンタに相談してみようと思って…」

 息子の給与差し押さえ、という事態に動転しながらも、ケータイの通話料を気にして連絡を思いとどまった母。結果的にはこのケチさが幸いしたのでよかったのだが、ぼくの身にふりかかる差し押さえは母にとって数百円の価値にも劣るものだと分かって、かなりすがすがしい気分になりました。

 さきほど念のため、葉書の督促業者をネットで調べてみたところ、案の定「架空請求詐欺」を紹介したサイトに多数引っかかった。

 連絡先に電話すると、本日中に十数万円を振り込むように指示され、入金なき場合は裁判に要する費用が追徴されるとか脅かされるみたいです(興味本位で電話してみようかと思ったけど通話料がもったいないのでやっぱりやめました。血は争えません)。

 ちなみにホンモノの督促状は、プライバシーを保つために特別書き留めの形式で郵送されるとのこと。そりゃそうだ。

 なお、このような督促に一度応じてしまうと「カモリスト」に登録されて、さらにすごい請求脅迫がどんどんやってくるらしい。皆さまも万一このような葉書が届いたら、どうか迷うことなく督促に応じて入金してください。きっと楽しいことになると思いますので。

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 さて、Go smoking の 連載コラムが更新されてます。

 今回のタイトルは「 煙草とガンの本当の関係」。喫煙と発ガン率の関連性を述べたデータがいかにイイカゲンかについて書いております。柄にもなくクソマジメに論じててまったく恥ずかしいのですが。

 よろしければご覧くださると嬉しいです。

 

5月19日(水曜) 夜

 二日酔い防止の薬をいろいろ試してみた結果。

 ヘパリーゼドリンクとハイチオールCをあらかじめ飲んでおくと、少々深酒しても翌日ちっともしんどくないのだ。すごい。

 というわけで、翌日仕事がある日はもっぱらコレのお世話になっている。ベストコンディションで仕事に臨むためには出費を惜しまないぼくは、なんて偉い人間なんだろう。ああ、模範社員として表彰されたい気分ですよ。昇進はイヤだから、平社員のまま給料を上げてくれ!!

 いやまァ、ただ平日もたくさん飲みたいだけの話なんですが。

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 先日、天王寺動物園で撮影した写真であります。

 鳥舎の館内に置かれていた伝言ノート。

来客がメッセージを書き込み、それに対して職員が赤ペンで返答するという形式になっている。

それにしても。このイラストも味わい深いけれど、赤ペンの「身もふたもなさ」がいっそう素晴らしいです。

鳥舎の職員になりたくなってきた。

 

5月18日(火曜) 夜

 NHKの『プロジェクトX』って火曜日にやってたのか。

 たまに見ると、この番組もそろそろ潮時なのかなァと思う。

 最終回は、「プロジェクトXを作り続けるのがいかに大変だったか」というメタ企画にすればどうだろう。タイトルは『緊急指令=題材を発掘せよ! 〜ネタ不足との壮絶な戦い、男たちの魂の奔走』あたりで…どやっ!?

 ええと、もちろんウソですので。プロジェクトXはずっとおもしろいに違いないです。「潮時」と書いたのは、最高潮のときに終了するのが最も美しいんじゃないか、だからこそいつでも終了OKですぞ! と言いたかっただけでありまして…。モゴモゴ。

 これ以上書いて墓穴を掘らないうちに、次にいきます。

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 洗濯機を動かしているときの振動をなんとか有効利用できないものか、と常々思っていた。

 ときに脱水のときなど、あれだけの勢いでブルンブルン震えるのだ。これを自分でやろうと思ったら大変な労力である。なのに、ただ手をこまねいて放置しているというのでは、あまりにも勿体ないのではあるまいか。このままでは地球は滅びる。

 …という危機感に迫られて考案したのがコレであります。

 洗濯機の振動によって、靴の表面に付着したホコリを落とそうという試みである。名付けて「全自動シュークリーナー」。

 我ながら素晴らしい発明だが、惜しむらくは「しばらくすると振動で靴が洗濯機から落ちてしまうこと」と「そのくせホコリは全然落ちないこと」。この二点さえ目をつぶれば、今回のアイデアは非常に画期的なエコロジーであると自負しております。

 おかげでこの前の休日は、靴が落ちないようにずっと洗濯機の前にたたずんでました。エコロジー団体よ、ぼくに時給をくれないか。

 

5月17日(月曜) 深夜

 この春で、今の会社に就職して丸3年になる。

 この3年間、毎朝いつも同じ電車に乗って通勤してきた。

 いつも同じ車両に乗っていた高校生は毎年、卒業しては姿を見せなくなっていった。自分が「流れゆく川に沈む石」であるような気分になってくる一時。そして、柄にもなくこんなセンチメンタルなこと考えてる自分に赤面する一時。

 かと思えば、この3年間、ずーっと同じ車両で顔を合わせ続けている人も何人かいる。風貌だけで勝手に「高橋克彦さん」「斉藤美奈さん」などと命名しているのだが、きっと当たらずとも遠からずだと思っている。「高橋さん、今日もだるそうですねえー」とか心の中であいさつしてみたり。

 ただ、そんな中で一人、3年間ずっと同じ車両だったのに、この4月を境にパッタリと姿を見せなくなった人がいた。若いスーツ姿の男性である(ぼくの中では「四方智彦さん」だったので、以下「四方さん」と呼ぶことにする)。

 あれ、四方さんどうしたんだろう? しばらく姿を見ないと思ってたら完全にフェードアウトしちゃってるじゃないの。

 そして気分が落ち込んでいる朝はふと思う。「四方さんはきっと、もっと素晴らしい会社にヘッドハンティングされたんだ。みんなこうして、今の車両から旅立っていくんだ。ぼくだけがこうして取り残されるんだ。人生負け組みなんだ…」と。

 そして珍しく気分がハイな朝はふと思う。「四方さん可哀想に、きっとリストラされちゃったんだね。でもぼくは大丈夫、いまも勤め続けているよ。ぼくは人生勝ち組なのかもしれないね」と。

 こんなこともあって最近、自分の考えてることをあまり信用しないようになりました。

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 突然ですが、あの鉤屋の『火花』に連載を担当させていただくことになりました。

 ぼくは「あったか人生相談」というコーナーを書かせてもらってます。読者の皆さんから寄せられた人生の悩みをあったかくこきおろすという、まったくもって厚顔かつ失礼千万な企画であります。

 今回は「ガス給湯器が壊れました。どうしたらいいでしょうか?」という悩みに長々と回答しています。まったく楽しく書かせてもらいました。

 ちなみに『火花』というのは、鉤屋から半月に一度発行されるWeb機関紙です(昨日、第13号が発行されました)。

 ただ、『火花』を読めるのは鉤屋の会員さんだけで、3000円の会費が必要となります(もちろんぼくも会費を払って会員になってます)。これを高いと思うか、安いと思うかは個人の自由ですが、ぼくは入会してヨカッタと心から思っています。こういうアンテナは本当に貴重だなァと。

 詳しくは鉤屋のサイトをご参照ください。

 そしてよろしければ、是非会員になってみてください。きっと後悔しないと思いますので。

 

5月16日(日曜) 夜

 さっき、職場の後輩からケータイに電話がかかってきた。

 「名倉さん家に郵送しなくちゃならないモノがあるので住所教えていただけますか?」

 ただ、ウチの住所は少々長ったらしい。で、携帯の通話料が高くなるのも申し訳ないので、「メールで送ろうか?」と提案したところ。

 相手:「すみません。自分のメルアド、実は覚えてないんですよ」
 ぼく:「そうかあ。じゃあいいよ。いま口で言うから」
 相手:「いえいえ! すぐに探せますからちょっと待っててください」
 ぼく:「あ、そう?」
 相手:「えーと、確か手帳には書いたはず…。あれ、書いてないわ」
 ぼく:「やっぱ口で言うよ」
 相手:「いや、どこかに書いてるので。そうだ、ケータイには書き込こんでるや」
 ぼく:「じゃあ教えて」
 相手:「あ、でも今ケータイから電話してるんでした。ええと、いったん通話切ってもいいですか」
 ぼく:「じゃあメールしてくれたらいいよ」
 相手:「あ、いま自宅なんでパソコン立ち上げます!」
 ぼく:「……」
 相手:「あー、パソコン立ち上がるの遅いなァ…。ホントすみません!」
 ぼく:「あのさァ、今言うのじゃダメ?」
 相手:「…そうですね。お願いします」
 ぼく:「京都市○○区××町○○の××〜」
 相手:「ありがとうございました!」

 はじめから口で言ってりゃ10秒もかからず済んだものが、結果的に何分もついやしてる。

 まさにバカ2人組であります。

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 さて、プチ狂気コーナー、更新いたしました。

 個人的に異様に共感してしまったのが、冒頭に紹介した「小学校の頃から手放せないタオルケットがある」という投稿。コーナーへの掲載は、基本的には投稿順なのですが、これだけは例外的に優遇ししてしまいました。ああ、こういう人もいるんだ!! 嬉しいなァー。

 実はぼくも未だに同様のコトがあるんですが、自分の中で折り合いがついてないので詳細は書くことができないでいます。いつか自分なりに整理できたらどこかに書くかもしれまえんが、一生書かないような気もします。

 ほかにも、「出かけるときに荷物が異様に増えてしまう人」「キレるとチラシを食べる人」など盛りだくさんです。

 よろしければご覧ください。

 

5月15日(土曜) 深夜

 ストレスで調子を崩して心療内科に通っている友人に聞いた話なんですが。

 通っている病院の主治医は診察のとき、いつもスーツ&ネクタイ姿の上に白衣を着ているらしい。

 いやまぁ、医者が白衣を着るのは当たり前の話である。心療内科なんかだと実用上、白衣など要らないような気もするが、「医師=専門家=信頼できる」という記号としては有効に働くようにもl思う。

 「権威がプラセボ効果を増幅させる」というのはよく聞く話である。同じ薬を飲むにしても、有名な先生に処方されたほうがよく効きそうな気がするという人は多いのではないか。だからこそ、医者=権威であることを示す記号として、白衣はあったほうがいいのかなァと思う。

 逆に医療アレルギーの人なんかだと、これが災いして「白衣高血圧」(医者に診られると血圧が上がってしまう)になったりするみたいだけれど。

 …すみません。話がそれたので元に戻します。

 それで先日、友人がいつものように心療内科を受診したところ、主治医が「黒のジャージの上に白衣」といういでたちで現れたらしい。おまけに足元はビーチサンダルという体たらく。うわ、なんですかこれは!? 

 怪訝に思っておそるおそる理由を尋ねてみたところ、ドクターからこんな答えが返ってきたんだと。

 「出勤途中に急な大雨に降られてしまってねえ。スーツも靴もずぶ濡れになっちゃったんで、宿直用に置いていたジャージとサンダルに着替えたんですよ」

 なるほど。確かに納得できる話ではある。

 ずぶ濡れになったスーツのままで仕事しろというのは酷だろう。風邪をひいてしまうかもしれないし、乾いた衣類があれば着替えたほうがいいことも分かる。よく分かるんだけど、でも、これって医者としてどうなんだろう。

 「白衣を着ているものの、その下はジャージ。おまけに足元はビーチサンダル」

 権威があるのかないのか、てんで分からないと思うのはぼくだけだろうか。こんな医者の出す薬など飲みたくないのが人情ではあるまいか。効く薬も効かなくなってしまいそうな勢いである。

 風が吹けば桶屋がもうかると言われるけれど、雨が降れば薬屋がへたるのかもしません。

 

5月14日(金曜) 深夜

 某チェーン系薬局で二日酔いの薬を探していたら、薬剤師が背後からしのび寄ってきた。

 「…肝臓、お悪いんですか?」 

 一瞬ギクッとしたが、あわてて、「いやー、二日酔いに効くやつ探してまして」とか言ってごまかしていたわけです。

 すると薬剤師、「フフッ」と意味深な笑みを浮かべた後、いろんな製品を懇切丁寧にレクチャーしてくれた。これは肝臓を保護する成分が入ってて、必要な栄養をすばやく吸収できて、肝臓分解物も含まれていて……etc, etc。

 そして最後に一言、「コレがあれば、もっと飲めるようになりますから」。

 客の健康などこれっぽっちも考えてないプロ根性に感動して、思わず購入してしまいました。素晴らしい薬剤師です。

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 で、買ってきた薬を肴にさっそく、一人でビールなど飲んでおるわけですが。

 確かに効果はある。いくら飲んでも酔いがまわらないのだ。でもこれって、単に「酔うのにお金と時間がかかる」だけじゃないか。

 今夜は長い寝酒になりそうです。これってボリションだよね(業界っぽくションボリしてみる)。

 

5月13日(木曜) 深夜

 青じその葉のことを「大葉」と呼びますが。

 ちょっと待てと言いたい。テメエそこまで大きいか? 自らをこんな風に呼ばせるなど、いくらなんでも大きく出すぎではないか?

 だったらハスの葉なんて「超大葉」だし、ネギだって「超長葉」だ。

 世の中、名づけたモン勝ちだなァとつくづく思う。こうなったら小生の愚息も、勝手に「大棒」と呼ぶことにしよう。

−−−

 閑話休題。

 突然ながら、ぼくが生まれ育った家庭はかなり厳格だった。

 とくに母親は潔癖症だったこともあって躾に厳しく、なかでも「性に関すること」はタブー中のタブーだった。ヤングジャンプなどの雑誌でさえ、冒頭に水着グラビアが載っているという理由でご法度だった。だからジャンプもモーニングも、親に隠れてこっそり読んでいた。

 だが中学生ともなると、性への興味は抑えられるはずもない。友達がまわしてくれるエロ本をこっそり持ち帰って読みふける毎日の始まりである。

 そして中3のある日、とうとう母親にエロ本の存在がバレてしまった。母は半狂乱になって泣き叫んだ。「こんな子どもに育てた覚えはないわ!」「けがらわしい!」なんてって。

 あまりの怒号に、父親がぼくの部屋に飛んできた。「一体どうしたんだ!?」

母親:「アナタ、これ見てよ!」
父親:「ん? あ、ああ…」
母親:「なんてケガラワシイ! こんな子に育てた覚えはないわ!」
ぼく:「いや…、友達が読んでみろって言うから…」
母親:「こんな子になったのはアナタのせいよ! ちゃんと叱って頂戴!!」
父親:「そんなにキイキイ言うなって。まあまあ、確かにあまり感心した本じゃあないけれども」
ぼく:「……」
父親:「読むくらいはまァ、いいじゃないか」
母親:「はァ?」
父親「なあおまえ、読んでただけだろ?」
ぼく:「う、うん!!」
父親:「ほうら。今回は許してやれよ」

 性の目覚めを父親がかばってくれたのは嬉しかった。本当に嬉しかったのだが、「読むくらいはいいじゃないか」という擁護は何だったのだろう。当時はワケが分からず、言われるままに「うん!」と答えたが、いま思い返してもやっぱりワケが分からない。

 「使って」いないということだろうか。写真に穴をあけて愚息を突き立てたりしてない、ということだったんだろうか。

 でもこういう言葉って、妙に心に残り続けるものである。もし将来ぼくが家庭を持って同じような場面に直面したら、思わず言ってしまいそうな気がする。

「読むくらいはまァ、いいんじゃないか?」

 ワケの分からないことって、実はいちばん強いのかもしれません。

 

5月12日(水曜) 深夜

 数ヶ月前、アパートの階下の住人が出て行き、新しい人が引っ越してきた。

 引っ越してきてしばらくは、大人数でのドンチャン騒ぎが毎晩のように繰り広げられていた。おそらく大学の新入生なのだろう。引っ越し祝いだかなんだか知らないけれど、大勢で騒がれるこっちとしてはいい迷惑である。おまけに男女問わず友達が多い、というのも妙に腹立たしい。

 だがしばらく経つと、参加者の数が次第に少なくなってきた。依然として男女何人かの声は聞こえるものの、その数が確実に減り続けているんである。大学に入って浮かれて作った友達も、櫛の歯が欠けるようにどんどん遠ざかっていくのだろう。よーし、その調子だ! 

 他人の友達がどんどん離れていくのはそれだけで気分がいいものだし、おまけに我が家も静かになるとくれば、これはもう「盆と正月が一緒にやってくる」ようなものではないか(というか、ぼくの盆と正月はしょせんこんなものなのか)。

 …というわけで、他人の友人が減っていく喜びをほくそ笑みながら噛みしめていたところ。

 ハッピーエンドに向かって順調に収斂しつつあった物語は突然の暗転を迎えた。階下から仲睦まじいアエギ声が聞こえてきたのだ。

 参加者が減っていくプロセスも、実は恋人ができるまでの前奏曲に過ぎなかったのか…。まるでサスペンス小説のようなどんでん返しに、小生はもう、ただただ茫然とするばかりであります。こんなのってアリなの!? というような。

 将来、テロリストとかに拉致されて「サスペンス小説を書かなければ殺す!」と突きつけられたら、このネタで書くことにしよう。

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 先日の飲み会の模様がこちらのサイトに。当日うかがったカフェーの店長日記であります。

 分不相応なお言葉をいただいいて恐縮ばかりなのはさておき。

 文中の「巨頭会議の趣」という下りに思わず反応してしまいました。これは隠喩というより、モロに直喩ではないですか(二人とも頭が大きい)。

 巨頭という言葉にだけは名前負けしない自信があります。

 

5月11日(火曜) 夜

 数日ぶりに夕食を自炊。豚バラの野菜いため定食であります。

 豚バラを買うたびにいつも、「豚の腹の肉」か「豚のバラ肉」かどちらのコトなんだろうと一瞬考える。でも調べるほどのことでもないので、数年来そのままになっている。いままで何百回、この疑問が浮かんだことだろう。

 こういうことって意外と多い気がする昨今。しょうもないからこそ永遠の謎。

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 ところで。

 調理するのはわりと好きなのだが、洗い物が嫌いで、ついついずっと放置してしまう。

 するとどうなるかというと、要するに大変なことになる。

 カチカチ、ドロドロ、ボロボロ。この三重苦をやっつけるのは並大抵ではない。

 サビて腐食した中華なべを再生させるのはとりわけ厄介である。そのままではうまく火が回らないので、20分ほど空焼きしたのち、クレンザーで表層を削り落とし、さらに油をひいて野菜くずを炒めるハメになる。

 これだけで所要時間30分以上だ。調理してすぐ洗ってりゃ数分でOKなのに。思い返せば今まで、こんなことを数知れず繰り返している。

 我ながら底なしのバカじゃないかと思うが、ちょっと待てと自分に言いたい。

 だってそうだろう。調理してすぐ洗うのは、少しでも楽をしようとする安直極まりない考えかたである。しかしここで思い出すべきは、「若いときの苦労は買ってでもせよ」「急がば回れ」といった先人たちの知恵。聡明な人物は自分を高めるための研鑽をいつだって怠らないのだ。

 我が家は聡明になるための行事が多すぎて、さすがに少々めまいがしております。ああ、カビが生えたバスタオルどうするよ。

 

5月10日(月曜) 夜

 昨夜は飲みに行ってたので更新できませんでした。

 ところで昨夜一緒に飲んでいた人は、二日酔い防止のために「熊の胆」(くまのい)という薬を飲んでいた。

 動物の肝を乾燥させたエキスらしく、値は張るものの効果バツグンなのだとか。で、「名倉さんも飲んでみますか?」とすすめてくださったので、ありがたく頂戴してみたんであります。おそろしく苦い丸薬だったが、高価な薬など自分では買えないのでそれだけで嬉しい。ああ、このゲニョッとくる苦さが頼もしいぜ!

 てなわけで、苦さに顔をゆがめながらも優雅な気分で飲んでおったわけです。一緒に話していても、頭の中は腹におさまっている熊の胆のことばかり。そろそろ胃袋で溶けたころかなァ、なんて自分の胃袋を想像してみたり(見たことないけど)。

 そして翌朝。

 効果のほどはテキメンだった。いつもの二日酔いがほとんどないのだ。 うわーすげえ。高い薬はやっぱり違うなァ!! 酒飲んでしんどくなるのは貧乏人だけなのか。ああ、オレもいつか、熊の胆を肴にドンペリとかラッパ飲みするような豪快さんになりてえよ!!

 …と、決意も新たに拳をにぎりしめかけてふと気がついた。そういや昨夜はあんまり飲んでいないのだ。なんとなれば、せっかくの熊の胆。あまり深酒して吐いてしまっては元も子もないと警戒するあまり、飲みすぎに対してかなり神経質になっていたんである。

 おお、そうだったのか! あんまり飲まなければ二日酔いにならないのか!!

 高価な薬にはいろんな効用があるのだと、思わず納得させられた一件でありました。

※ こういうことを差し引いても、やはり効果はあったように思います。なによりプラセボ効果もあることですし。

 

5月8日(土曜) 深夜

 すっかり流行も過ぎ去った感のある「オレオレ詐欺」でありますが。

 今ごろになって、ああ自分もやっておけばよかったと後悔しはじめている。

 うまくやれば何十万円という金が転がり込んだのではないかト。それだけの金があれば毎日ネギトロを食えるし、掃除機だって買い換えられる。お茶だって自分で沸かさず、毎日スーパーで買えば済む。ああ、なんて素晴らしい生活だろう。こういう暮らしこそが我輩には似つかわしいのではあるまいか!?

 ただ、これだけ「オレオレ詐欺」が世に知られてしまった現在、今までと同じような手法を用いたところで失敗に終わることは想像に易い。

 そこで考えた。実の母親をターゲットにすればいいんである。

 母:「もしもし名倉ですー」
ぼく:「ああ、ぼくぼく」
 母:「どないしたんや?」
ぼく:「実は今…監禁されてるねん」
 母:「はァ?」
ぼく:「ヤクザ相手に交通事故してもうて、今すぐ30万円要るんや!!」
 母:「…ほんまにアンタなん?」
ぼく:「もちろんやがな!」
 母:「じゃあ、アンタが中学に入ってもずっと捨てられへんかった赤ちゃんぶとんの名前は?」
ぼく:「ああ、ちっちゃくんのことかいな」
 母:「はうあっ!! だ、だいじょうぶなのヤクザは??」
ぼく:「今すぐ30万円振り込んでくれへんかったら殺されるんや」
 母:「わ、わかった。今すぐ振り込むからっ!!」

 こうすればまったく怪しまれることなく詐欺を進められる(実の息子なんだから当たり前である)。そして後日、母から連絡が来たら、何事もなかったかのようにしらばっくれるのだ。「え? いったい何の話!?」「あーそれ、新手のオレオレ詐欺だよきっと」と。

 将来、本当に金に困ったらこの手でいくことにしよう。30歳過ぎて親に金を借りるなんて恥ずかしいからね。

 

5月7日(金曜) 夜

 ぼくが勤めている職場はローテクなので、パソコンに関する専門家がいない。

 だが今の時代、ネットにアクセスできないと情報収集がつとまらないというので、昨年度ようやく社内にADSLが引かれたわけであります。

 あと、文書ひとつ作るにもデータを参照するにも、パソコンをネットワーク化していないと非常に能率が悪い。そこでADSLが開通したのと時を同じくして、ぼくが部署内のマシン(といっても5台だけなのだが)をLAN構築したわけであります。

 ただ、しょせんは素人仕事。ウイルス対策ソフトやセキュリティ設定をかけるとLANがうまくつながらないのだ。ファイル共有もネットワークプリンタも使えないというのでは、何のためのLANなのか分からない。

 そこでやむなく、セキュリティ設定はほぼ皆無にした状態でADSL+LAN環境を使っていたところ、会社の上層部から注意を受けてしまったのでした。

 「勝手なことしちゃ困るよ。社内文書が漏れたらどうすんの!? LANつなぐならセキュリティ対策もちゃんとやってくれないと!!」

 だったらオマエがやれよと言いたいところだが、敵もパソコン素人なので何もできない。といって、ぼくも同じく素人なので、LAN環境とセキュリティを両立できない。勉強すればできるのかもしれないが、会社のために私生活を犠牲にする義理はない。

 だが万一、ハッキングとかされて情報が漏れて、ぼくのせいにされたらたまらない。

 …という経緯の末、次のような防備体制を採用することに決めたのでした。

 これまたローテクな「ファイヤーウォール」もあったものだが、他に方法がないのだから仕方ない。こうすれば、メールウイルスはともかく(これはそれなりに容易に対策できる)、ハッキングに遭う可能性は低くなるのではないか。究極のファイヤーウォールは「端子を外す」。

 高齢の上司はそれでも、「端子の先っぽをビニールで包むとかしたほうがいいんじゃないかなァ」とか言ってましたが。

 ええと、コンピューターウイルスは「空気感染」しないと思います。

 

5月6日(木曜) 夜

 依然として流行中らしいローライズのジーンズ。

 しゃがむとショーツの上部が丸見えになるので、ぼくなどは内心「ええのう…」とありがたく拝見しておったわけですが。

 当の女性にとって下着を見られるのはやはり恥ずかしいようで、ローライズ対応のショーツが追って売り出され人気を博しているらしい。そういや最近、しゃがんだローライズ女性のパンツをあまり見かけなくなった気がする。

 だがその代わり、生のおしりをよく目撃するようになった。もう少しで「穴」まで見えそうなケースもしばしばである。

 「ショーツを見られたくないから下着を小さくする」

 ぼくらにとっては決してやぶさかではない風潮だけど、下着ってそもそも「見えないようにガードする」意味もあったんじゃなかろうか。本末転倒しているのは気のせいだろうか。下着が見えなきゃそれでいいのか。

 将来、股間部分をくりぬいたジーンズが流行して、これに対応した「パンチラしないショーツ」が発売される日がくるのを心待ちにしています。

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 さて、 Go smoking の 連載コラムが更新されてます。

 今回のタイトルは「ライターがない!」。タバコを吸 おうと思ったら手元にライターがなくて、でもあたりに売店が一軒もなくて、うわーどうするよ! という状況に陥ったときのことを書いてみました。タバコを吸う人ならきっと経験があるはず。こんなとき、みんなどうしているんだろう。

 よろしければご覧くださると嬉しいです。

 

5月5日(水曜) 夜

 雑誌なんかで顔写真を見ると、いつも目が気になってしかたがない。

 プロが撮った写真にはたいていキャッチライトが使われていて(モデルの瞳孔に光を反射させて表情を明るく見せる)、そのせいでカメラマン自身が瞳に写りこんでいることが多いのだ。

 一流ブランドの広告写真なんかだと「瞳孔への写りこみ」も計算されているのでこういうことはあまりないのだが、中途半端なファッション誌やエロ雑誌などはかなりの確率でカメラマン自身が写りこんでいる。


写りこんでます


よく見ると写りこんでます


やっぱり写りこんでます


上等な写真には写りこまず

 写りこみが鮮明だと、カメラマンがどんな姿勢で撮影してるのか、どういう服装なのか、モデルとどのくらいの距離なのかまで分かってしまう。これがヌード写真なんかだと、カメラマンの存在がもう気になって気になってどうしようもないんであります。

 「うわーこれ、上から覆いかぶさって撮ってるよ!」
 「このカメラマン、すげえデブだよ!」
 「カメラマンも全裸だよ!」(こういうのは見たことがないですが)

 だから写真集をめくってても、見てるのはモデルの目ばかり。もっとほかに見るとこあるだろう、莫迦かオレは!? …と何度も自分に言い聞かせるが、気になるものはどうしようもない。昔から「目は口ほどに物を言う」といわれるが、本当に余計なことを言いすぎである。

 これを読んだ皆さんも、モデルの目ばかり気になってどうしようもなくなることを願いつつ、今回はこの辺にて失礼します。

 追伸: モテたいカメラマンのかたがたは、モデルはさておいて、「瞳の中の自分」をかっこよく修正するのがいいかもしれません。

 

5月3日(月曜) 夜

 今、京都で「マルモッタン美術館展」というのが行われている。

 マルモッタン美術館はフランスでは有名なのだそうだが、ぼくは今まで「マルモッタン」だったか「モルマッタン」だったかよく分からず、ごっちゃになることが多かった。同僚との雑談の中で話題に出して知ったかぶりをしようと思ったことが何度かあるが、言い間違ったら元も子もないのでいつも断念していたのだった。

 だが今日、いい覚えかたを思いついた。「マルモッタン」って「丸本さんのあだ名」みたいではないか。「丸本さん」→「丸本ちゃん」→「まるもっちゃん」→「まるもったん」。このようにイメージすれば間違えようがないでやんすよ!!

 というわけで現在、マルモッタン美術館のことに言及するたび、心の中で「えーと丸本さん…」とイメージしております。

 ちなみに、この美術展にはまだ一度も足を運んでおりませんが。

 

5月2日(日曜) 夜

 ずっと部屋でゴロゴロしていた一日。

 「新幹線の乗車率何百パーセント!」とか「高速道の渋滞が続いています!」とかいうニュースを見ながらグダグダ過ごす。…というのが毎年のGWの楽しみとなっております。おまけに今年は、GWの後半は雨天続きというではないですか。

 ぼくが天気予報のキャスターだったら、満面の笑みで「連休の後半はずっと雨ですっ!」と言ってしまいそうな予感。

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 ところで、「大変なことになる」という表現があるだろう。

 ぼくもよく使うのだが、だいたいあまり深刻でない事態のときに使うことが多い。

 たとえば居酒屋で冷奴にしょう油をかけるとき、「これがソースだったら大変なことになるよなあ」などとボヤいたり。確かに豆腐にソースをかけてしまったら大変ではあるが、何とかなるといえば何とかなる。食べなきゃいいだけの話だろ、と言われればその通りである。

 それはさておき、先日泊まったビジネスホテルにはこんな注意書きが置かれていた。

 「飲み物などがこぼれますと大変な事になりますので〜」

 こういう場で言われると思わず笑ってしまうのはどうしてだろう。 「大変なこと」というのがあまりに漠然としているからか。

 飲み物をこぼすと何がどうなるのかよく分からないが、とにかく大変なことになるのだ。ここで我々にできるのは、飲み物を飲まないことだけである。大変なことにならないように。

 

5月1日(土曜) 深夜

 連休で時間があるのでパソコンを買い換えた。

 で、本日さっそく、セットアップやらデータの移行やらをやっておったわけですが。いやー、近頃のパソコンってほんとにすごいですな。

 前のパソコンなら起動に20秒くらいかかっていたアプリケーションがわずか2秒で立ち上がるのだ。同時に4〜5個のソフトを使っていたらすぐ「ビジー状態」でお手上げになっていたのも、新しいパソコンだとまるで余裕で動き続けているではないか。

 今までの苦労はなんだったのだ。新しいパソコンを持ってる連中はこんなに快適な思いをしてやがったのか、と一日ずっと腹を立てて過ごしてました。こういう怒りも、やり場がないので精神衛生に非常に悪い。

 でも正直、快適なパソコンが嬉しいのも事実。今日は持ち帰りの仕事があったのだが、重いアプリケーションを無意味に何度も立ち上げて「速いのう…」とニヤニヤしたり、漢字変換が入力についてくるのが嬉しくて「本日は晴天であります」とかどうでもいいことを書き続けたりで、仕事など全く手につきませんでした。

 おまけにログイン時の画像とか壁紙とか、いろいろ設定も変えたくなるし。ああ、いくら時間があっても足りないよ!!

ささこさんに描いてもらったイラストが嬉しかったので

 そういや小学校時代、塾通いのために親がルーズリーフを買ってくれたときも、表紙選びやらインデックス作りやらで全く勉強が手につかなくなったのを思い出す。今回のパソコンもこれと同じことである。

 「嬉しがり」にとって、新しいモノは生産効率を著しく低下させるような気がします。

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 ところで先日発売された『1億人のプチ狂気』でありますが。

 本日とある本屋に立ち寄ったら、この本が「心の悩み」コーナーに置かれていてほくそ笑んだ。内容といえば「酔っ払って一人で田中邦衛の顔真似をしてしまう」とかなのに。某書店さま、本当にありがとうございます。これなら売れなくたって本望です。

 読者のかたからも、「見つからないので店員に訊いたら外国文学コーナーに置かれてました」との嬉しい報告をいただいております。プチ狂気の本が外国文学コーナー。著者名だけで判断したのだろうけど、こういうことがあると「がんばって編集して本作ってよかったー」とつくづく思います。

 「心の悩みの外国文学」として認知されているらしい今回の本、よければよろしくお願いします。

 


   2004年 4月のプチ日記 

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